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世界初!異なる光周波数の二光子の干渉を実現

−情報処理能力の飛躍的拡大へ新しい道筋を拓く成果−

 大阪大学大学院基礎工学研究科 井元信之教授、東京大学大学院工学系研究科 小芦雅斗教授および情報通信研究機構(NICT)未来ICT研究所 三木茂人主任研究員のグループは、光周波数多重化を利用した大規模量子情報処理の基礎技術である周波数領域のスプリッターを実現し、これを異なる光周波数(異波長)の光子に対して適用したHong-Ou-Mandel干渉を世界で初めて観測しました。これは、従来の空間光量子回路の集積化に加え光周波数多重化も実現する新しい道筋となります。

 Hong-Ou-Mandel(HOM)干渉は1987年にHong, Ou, Mandelの3氏によって提案され、観測された干渉効果です。光ではビームスプリッターと呼ばれる装置が使われます。このビームスプリッターは一般に2つの経路の入力に対して2つの経路の出力があります。1つの経路に光を入れると、その光は2つの経路に分かれます。このビームスプリッターの各経路に1つずつ、計2つの光子を同時に入力すると、2つの光子はどちらか一方の経路に2つ揃って出力されます。このとき、別々の経路に出力される事象は量子力学的な干渉効果で消失します。これがHOM干渉です。今回の研究では光の周波数を2つに分配する周波数のスプリッターを非線形光学効果である和・差周波発生注1)を用いて実現し、明確に量子力学的な領域でのHOM干渉を観測しました。HOM干渉は光量子コンピューター注2)の基本要素であり、ベル測定注3)量子テレポーテーション注4)を代表として幅広く利用されています。現在までに考えられている光量子演算は空間光回路注5)を利用するものですが、本研究により、空間を光周波数に置き換えた新しい光周波数多重化量子演算の道が拓かれ、計算量や通信容量などの情報処理能力の飛躍的拡大が期待できます。本研究成果はNature Publishing Groupが発行している学術誌 Nature Photonicsに2016年4月19日(火)午前0時(日本時間)に掲載の予定です。

論文名:Frequency-domain Hong-Ou-Mandel interference
誌名:Nature Photonics (日本時間 4月19日午前0時解禁)
DOI number: 10.1038/nphoton.2016.74
著者:Toshiki Kobayashi, Rikizo Ikuta, Shuto Yasui, Shigehito Miki, Taro Yamashita, Hirotaka Terai, Takashi Yamamoto, Masato Koashi, Nobuyuki Imoto

<研究の背景>

量子力学において粒子を2つの経路に分配する操作は最も基本的なものです。1つの粒子が2つの経路に分配され、再び合わせられると干渉効果が得られます。光の干渉効果として最も有名なヤングの干渉実験は光子、電子、原子、分子など様々な量子力学的な粒子で行われています。ヤングの干渉実験では粒子の分配はスリットで行われますが、現代では様々な装置が考えられます。光の場合は、ビームスプリッター(図1)と呼ばれる2入力2出力の光学素子があり、自由空間で用いられる半透鏡や、光ファイバーやシリコンフォトニクス回路で構成されるものがあります。いずれも光を空間的に2つに分配したり、それらを結合したりものです。分岐比は設計によって調整できますが、典型的には光強度を50:50に等分配します。このビームスプリッターの2つの経路に同じ周波数の光が入力されると、その位相に依存して、2つの経路の光強度が変化します。これはヤングの干渉実験と等価で、マイケルソン干渉系やマッハツェンダ?干渉系に用いられています。HOM干渉実験では、このビームスプリッターの各経路に1つずつ、計2つの光子を同時に入力します。この時、2つの光子はどちらか一方の経路に2つ揃って出力され、光子が1つ1つ別々の経路に出力される事象は量子力学的な干渉効果で消失します(図2)。古典的な波動論にしたがう光では完全な消失は起きません。素粒子物理学では粒子は交換関係によって2つに大別され、ボソンとフェルミオンと呼ばれます。光子はボソンで電子はフェルミオンです。2つ揃って出てくるのはボソンの性質を反映しており、フェルミオンでは必ず1つ1つ別々に出力され、決して2つ揃って同じ経路に出てくることはありません。そのため、HOM干渉の出力はボソンとフェルミオンの違いをみる格好の装置にもなっています。これまでHOM干渉は、空間的に離れた経路にいる同じ粒子を入力として観測されてきました。原理的には異なる粒子であっても起こる現象ですが、そのためのビームスプリッターが必要でした。

<今回の研究と成果>

今回の研究では異なる光周波数の光子を干渉させる周波数のスプリッター(図3)を実現することで、異なる周波数にある光子のHOM干渉を観測しました。新しく実現した周波数のスプリッターは非線形光学現象である和周波発生注1)差周波発生注1)を同時に動作させることで実現しています。これらを誘起するための励起光として狭線幅レーザーを用いることで、2つの周波数変換をコヒーレントに動作させることができます。非線形光学結晶として、PPLN導波路注6)図4)を用いることで非常に高い変換効率(70%以上)を達成しています。ここでの変換効率はビームスプリッターでの反射率と等価です。ビームスプリッターでは一度作ってしまうと反射率の変更はできませんが、実現した周波数のスプリッターは励起光強度を調整することで変更が可能です。我々の実験では40%の変換効率で行い、NICTで開発された高性能な超伝導光子検出器(図5)を用いて、明瞭度71%を得ました(図6図7)。古典波動論での達成限界は50%であり、十分に量子力学的な領域での干渉を達成していると言えます。実験の不完全性を考慮して、より精緻な実験をした場合の明瞭度を見積もると98%であることもわかり、非常に高い精度を持つ可能性を秘めていることもわかりました。

<今後の発展>

今回観測したHOM干渉は2つの入力に対して周波数のスプリッターを用いましたが、この周波数のスプリッターはより多くの光周波数で動作します。より複数の光周波数を考えることで、量子テレポーテーションやそれを拡張した量子コンピューター等の量子情報処理を構築することが可能となります。光周波数は現在最も精密に分離できる物理量であるため、同一の空間に最も多くの情報を埋め込めることができます。従来空間の光回路を用いて集積化が試みられてきた光量子コンピューターを光周波数に置き換えて集積化する新しい可能性が拓けると期待されます。

<参考図>

図1

図1 ビームスプリッターの配置図

経路1だけの入力の場合は50:50で透過と反射。経路2だけの場合も同様。

図2

図2 HOM干渉での入出力光子数分布

 ビームスプリッターへの入力が各経路に1光子ずつの場合は、どちらか一方の経路に2光子必ず出力される。各経路に1光子ずつ出力されるイベントは量子力学的な干渉効果で消失する。

図3

図3 光周波数スプリッターの概念図

 励起レーザーによって周波数間の遷移が誘起され、ビームスプリッターと同様の操作を実現する。入力を多重化することで、光周波数多重スプリッターとして動作する。

図4

図4:周波数のスプリッターとして利用したPPLN導波路

 

図5

図5 NICT開発の超伝導光子検出器(SSPD)


図6

図6 HOM干渉信号

 周波数のスプリッターでの2光子の遅延がゼロのところで2光子同時検出率が0に近づく。

図7

図7 HOM干渉明瞭度の励起光強度依存性

 励起光強度に依存して周波数のスプリッターの分岐比率が調整され、明瞭度が変化する。

<用語解説>

注1)和・差周波発生
  非線形光学効果を利用した周波数変換技術。非線形光学結晶にωpの周波数を持つ十分強い励起光が入力されているときに、励起光よりも高い周波数ωsを持つ信号光を入力すると、エネルギー保存則によって、信号光と励起光の周波数の差と等しいωc(=ωs-ωp)の周波数を持つ光が発生します(差周波発生)。逆にωcの周波数を持つ信号光を入力すると、信号光と励起光の周波数の和と等しいωsの周波数を持つ光が発生します(和周波発生)。

注2)量子コンピューター
 現在の情報通信では「0」と「1」の2文字(ビットといいます)で計算や通信を行っていますが、量子情報は「0」と「1」の重ね合わせ状態も使います(量子ビットといいます)。量子もつれ注7)状態にある量子ビットを使うと、莫大な数の事象や処理を現実的な数の量子ビットで表すことができます。これを利用して複雑な計算を並列処理するのが量子コンピューターです。ある種の問題を解く際に、原理的に従来のコンピューターをはるかにしのぐ性能が得られます。

注3)ベル測定
 2つの量子ビットが、ベル状態と呼ばれる量子もつれ状態にあるか否かを識別する測定のこと。光子の場合、基本的にはビームスプリッターとその出口に設けた2つの光子検出器によって実現されます。2光子をビームスプリッターに同時に入射したとき、2光子の検出パターンによって状態識別を行います。この測定器の原理はHOM干渉計そのものです。

注4)量子テレポーテーション
 量子ビットの状態を古典的通信で送る方法。リソースとして量子もつれを持つ量子ビット対を送信地点と受信地点に準備し、量子もつれ状態にある量子ビットの片割れと送りたい量子ビットの2量子ビットにベル測定を行います。古典通信によって測定結果を受信地点に知らせることで、受信地点の量子ビットを、送りたかった量子ビットの状態にすることができます。

注5)空間光回路
 ミラーやビームスプリッターを組み合わせて作る光学系。例えば、ヤングの干渉計やマイケルソン干渉計など。広い意味で、空間的に光を分岐したり、それを合わせたりする光学系を含んでいます。

注6)PPLN導波路
 非線形光学結晶の一つで、周期的に分極反転したLiNbO3結晶を加工し、光ファイバーに代表される導波路形状にしたものです。導波路中に光が閉じ込められて進行するため、光周波数変換が高効率に起こります。この研究では、変換効率が40%程度で利用し、周波数のスプリッターとして用いました。

注7)量子もつれ
 複数量子ビット間の量子力学的な相関で、エンタングルメント(entanglement)の和訳。例えば、量子もつれ状態にある2つの光子の場合、片方の状態が決まると、もう一方の状態もそれに応じて決まり、その関係は光子間の距離に依存しないといった特異な性質があります。量子情報処理において、情報伝達、高速演算、セキュリティなど、ほぼすべての応用においてリソースとしての重要な役割を果たしています。

<お問い合わせ先>

教授 井元 信之 (いもと のぶゆき)
大阪大学大学院基礎工学研究科 物質創成専攻 物性物理工学領域
〒560-8531大阪府豊中市待兼山町1−3
Tel:06-6850-6445 Fax:06-6850-6445
E-mail:

教授 小芦 雅斗 (こあし まさと)
東京大学大学院工学系研究科 光量子科学研究センター
〒113-8656 東京都文京区弥生2-11-16
Tel:03-5841-8397 Fax:03-5841-8397
E-mail:

主任研究員 三木 茂人 (みき しげひと)
情報通信研究機構 未来ICT研究所 フロンティア創造総合研究室
〒651-2492 兵庫県神戸市西区岩岡町岩岡588-2
Tel:078-969-2299 Fax:078-969-2199
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