第70回小石川植物園市民セミナー

 生物学の現場というのがどんなものであるか、自分の研究分野とどう違うのか、興味があった。以前いた職場に宝来聡(故人)という人類学者がいて、ときどきフィールドワークと称して旅に出ては、観光地では買えないような現地のめずらしい物品をお土産に持って帰って来られた。氏の話はDNA分析による日本人のルーツ探求でたいへん面白かったが、より地味に見える生物学の研究スタイルとはどんなものか。養老孟司の虫の話も面白いが、それは彼の本職ではない。今回小石川植物園の柴田記念館で東京大学の塚谷裕一氏という本職の植物学者のセミナーが聴けるということで、聴きに出かけた。セミナーの題は「ボルネオ島カリマンタンの植物調査〜Heart of Borneo計画に向けて〜」

 ボルネオ島は生物多様性の代表的スポットだが、近年の開発でその生態が破壊されつつある。皮肉なことに「地球にやさしいバイオディーゼルの原料となるアブラヤシの植林のために太古から培われてきた森林が伐採されている」という。ところがボルネオ島はインドネシア、マレーシア、ブルネイの三ヶ国に分かれ、その国境付近はさすがに互いの刺激を避け、開発が遅れている(幸いなことに)。そこでこの三ヶ国がHeart of Borneo計画という自然保護運動を計画しており、そのための準備として塚谷氏を含む日本の生物学者が植生を調査しているという。氏はボルネオには調査に何回か行っているが、ごく最近出かけた最新の調査の経験談と成果を中心に、きれいな写真や動画とともにたいへん興味深い話をされた。講演後「なぜ日本の大学がHeart of Borneo計画に参加を?」という質問があったが、「三ヶ国の学術もこれから発展すると思うが、今はやはり日本が進んでいるから調査を依頼されたのだと思います」とのこと。

 ボルネオのようなところに行くと、新種の生物を発見することは珍しくないのだそうで、写真を次々と見せてくれた。もちろん聴講者には新種かどうかわからない。新種とわかるためには、現状についての膨大な知識がなければならない。塚谷氏が見てすぐ新種とわかるものから多分そうだろうと予想して帰国して各部位の詳細比較をしてから確定できるものまであるという話を聞くと、やはりだてに生物学者であることを国から任されているのではないということがわかる。
 しかし塚谷氏といえど自分が新種と確信しただけで新種となるわけではなく、論文を投稿してacceptされなければ認定されない。この辺が特に興味ある話だった。たとえば10年以上前にサトイモの新種を発見したが、そのときは葉っぱだけだったので新種と認められるには不足だった。しかし今回花まで見つけたことで新種と確定したという。また「渓流沿い植物」という種類があって、一年前見つけた新種の植物がその種類である、と論文に投稿したところ、refereeから「たまたま渓流に流れ着いただけかもしれない。一ヶ所だけの発見では確かとは言えない」とrejectされたという。今回新たに三ヶ所の渓流で発見し、帰国後のDNA鑑定でどれも一年前発見したものと一致し、他の渓流沿い植物とは異なっていたので、あらためて投稿してようやく認定されたという。新種発見という発表の裏には、こうした専門家達の慎重な吟味の努力があるのだなと思わせる話である。
 こうした話を聞くと、研究のタイムスケールが私の分野(一般的な科学技術の分野)とはだいぶ違う。論文査読のやりとりが一年以上続き、新たなフィールドワークで得た確証でacceptにこぎつけるなど。これだとそう頻繁に論文が書けるわけでもないだろう。フィールドワークを研究手段とする分野では、ドクターを3年でとるのは困難とも聞いたことがある。研究資金を獲得してフィールドワークに出かけたはよかったが成果ゼロ、というわけにもいかないとすると、胃がキリキリ痛むかもしれないな、とか。(いや氏の話を聞いているとボルネオに行って新種が見つからないことの方があり得ない感じもあるが。)

 これも講演後の質疑だが、「DNA鑑定で種が同じという話と、DNAが違うから『血縁関係にない』という鑑定の話と、どういう関係になっているのか」という質問があった。答えは「個人個人のDNAはみな異なるがホモサピエンスという共通点があり、生物種が異なるとそれだけ異なる。今回のDNA鑑定も種の範囲の話」という、ある程度予想された定性的なものだった。また「他の渓流沿い植物とは異なる」ことを証明しようと思うと、全ての既知の渓流沿い植物とDNA比較しなければならないが、それは現実的でないので、明らかに異なるとわかるものを除いて疑わしいものだけ比較し、新種と判断するのだ、という説明だった。一般の人も参加するセミナーではトンチンカンな質問をする常連による掻き回しというのがよくあるが、今回はどの質問もなかなか突っ込んだもので充実した質疑だった。
 ところで渓流沿い植物とは何かであるが、熱帯では日本と違って腐葉土ができにくいので地面の水はけが悪く、雨で渓流が増水すると背丈の低い植物はすぐ水没するため、そうなっても耐えられるように葉っぱが流線型になったり水を逃がしたりする構造に変化した植物のことだという。例として「ヤブレガサウラボシ」の写真を見せてくれたが、確かに破れ傘みたいな葉っぱだ。講演では随所にラテン語の学術名も併記してあったが、和名は風情があっていい。よく思うのだが、生物の和名の付け方はおしなべてセンスがいい。
 渓流沿い植物以外にもショウガの仲間、蘭の仲間、ベゴニアの仲間が種類が多くて新種も発見しやすいのだそうだ。「これは投稿中です」「これは論文執筆中です」といって次々と見せてくれる。私の研究分野では考えられない。特に欧米ではなるべく顔を出して研究者達と親しくなることが重要で、そうでない研究者が多い場面では未発表のデータやアイデアを話してしまうことは無防備もいいところである。ま、ボルネオ調査に行くなんてことはそうそうすぐに真似できることではないので、そういうこともあって喋ってしまっても大丈夫なのであろう。それにしても次々と見せてくれる美しい姿と色鮮やかな花の写真に、人間の知識を越える自然の多様性に感嘆せずにはいられない。

 本題から離れたエピソードもいろいろ紹介された。その中から一つ。世界最大の花といえばラフレシア。でもこの花はウナギと同じく生態の全ライフを養殖(植物だから栽培)することはできない。ところがボゴール植物園というところで、世界最大の種類でなく別種だが、ラフレシアの仲間の栽培に成功したそうである。ただ一般公開はされておらず、圃場で栽培されているだけである。そこで「地球の歩き方」には「ボゴール植物園では世界最大の花ラフレシアを見ることができる」という記述が何十年もされて来ているが、あれはウソ。正しくは「世界最大の花序を持つショクダイオオコンニャクを見ることができる」のだそうだ。(ショクダイオオコンニャクについてはブログに書いたのでご覧あれ。)

 ところで塚谷教授、講演の中で「私は子供のころから腐生植物が好きで植物学の道に入ったんです」と言っていた。腐生植物とは暗い森の中で自らは光合成をせず、動植物の死骸を栄養源とする色白の植物である。一緒に聴講していた妻はビオトープを管理していたことがあるが、そのそばの森にギンリョウソウという腐生植物が毎年生えるのが印象的だったということで、腐生植物について妻が質問した。そうしたら待ってましたとばかりに長々と説明を始めて、立て板に水状態。真面目でおとなしそうな塚谷さん、「私は日本の全域でギンリョウソウの開花時期を調べ回ったんですよー」と、実に幸せそうだ。子供のころから好きでたまらなかった植物学で給料をもらえるようになり、新種発見のよろこびを論文発表前にペラペラ喋っても成果を盗られる心配もなく、やっていることは生物の保護に役立つに違いない。こんな人がいてもいいよね、いられなかったら先のない世の中だよね、と、妻とともに植物園を後にした。

[最終稿:2011年2月20日]


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