人間はなぜ結婚などという面倒なことをしないと子孫を作れないのだろう。
と言うと、
結婚していることがそんなにうっとうしいのかと思われそうだが、
そんなことはない(今のところ)。
結婚に至るまでのプロセスが面倒なのである。
自分のことは忘れたのであくまでも一般論だが、
出会いはもとより決心・合意・結納・結婚式の段取り・誰を呼ぶか・席順は?など、
面倒なことはなはだしい。
しかも、
このプロセスのあちこちに話を壊しかねない火種があるのを注意深く摘み取りながらゴールをめざさなければならない。
最近では成田でさよならというケースがあるらしいので、
新婚旅行まで到達してもまだ安心はできないようだ。
一番大きなハードルはなんといっても最初の出会いとそれに続く合意までであろう。
これは人間には限らない。
犬や猫などは出会いは多いかもしれないが、
発情期でなければ出会いにならないらしいから、
うまく行く確率は必ずしも高くない。
個体数が少なそうな動物はさらに大変だろう。
散歩していて舗装道路の上を這うトカゲを見つけると、
こんなところにトカゲがいてどうやって異性と出会うのだろう、
と思ってしまう。
さらに植物は自分で動けないから一層あなたまかせである。
虫媒花も風媒花も種の保存の成否は完全に虫や風に依存している。
進化が種の繁栄のために行われて来たとするならば、
無性生殖より面倒でチャンスの少ない有性生殖生物がこんなにもはびこっているのは何故か?
これに対する答えは、
その方が強い種族を作りやすいからということになるのであろう。
生き延びるのに適した種族を作る進化の可能性の追求には、
異質な遺伝子の混合は欠かせないということなのだろう。
異質な遺伝子の混合が重要というならば、
まだ自然界にはないと思われるが、
三性生殖というのはどうだろう。
そう、三つの性の個体が結婚して子孫を作るという形態だ。
気色悪いトリプルプレイを想像する必要はない。
異質なものの混合が重要というならその方が効果が大きいのではないかと言いたいだけである。
強い形質の種族を作る改善のチャンスも、
突然変異によるミュータント創造のチャンスもずっと上がるのではないか。
かと言って性の数が多すぎてもまずいだろう。
たとえば100性生殖の場合、
組み合わせの数は爆発的に増えるかも知れないが、
100の性が集まり合意する確率自体が低すぎると思われる。
その点、3という数字は自然対数の底eに近いので、
出会いのチャンスと場合の数の増え方のバランスが一番良さそうな気がする。
あまり関係ないかも知れないが、
関数の根を求める数値計算に使われる分割サーチ問題では演算ステップ数に対して得られる情報量が一番大きいのはe等分サーチであり、
eは整数ではないので最も近い三等分サーチが一番効率が良いことになっている。
つまり区間を三分割して両端で関数値の符号が変わる区間をまた三分割して行く方法(Yes/No質問でなく三択問題の質問で絞り込んで行くサーチ法)である。
話を戻すと、
現実に三性生殖は自然界にないようである。
それは何故だろう?
おそらく答えは、
出会いのチャンスが予想以上に厳しくなるということだろう。
確かに物理で原子や分子の衝突問題を考えても、
二体の衝突確率に比べて三体の衝突確率は一般には階乗的に小さくなることがある。
これではちょっとシャイな若者には永久にチャンスがないだろう。
もう一つ、
二性生殖では男女の遺伝子はXXとXYで、
この分裂によって等確率で男女が生まれてくるが、
これを三つでやろうとするとうまく行かないように思われる。
二つの性を一般化し三つの性にする方法をXXX、XXY、XXZの形に仮定すると、
子供にはXYZという第4の性が生まれ得る。
かといってXXX、XXY、XYYと仮定すれば(第4の性は生まれずこの三つに閉じているが)
三性の出現確率が等確率にならなくなる。
何かうまい方法はないものか?(脚注)
さらに人間の場合、
周囲の同意がわりかし重要という決定的なハンディがある。
男女だけの結婚なら二人の両親四人を説得すればいいのに対し、
三性結婚では三人の親九人を説得しなければならなくなる。
もし親の親まで口出ししてきたら二七人。
これはもはや絶望的であろう。
やはり二つの性というのが生物学的にも社会学的にも一番適当な形態なのだろう。
最近忙しすぎて(その割にはこんな作文して!)
ゆっくり温泉にでも浸かりたいと思う今日この頃だが、
そう思いつつもついこの問題に意識が戻ってしまう。
つまり風呂もトイレも常に三種類ずつ用意するのでは旅館も大変な設備になるだろうな、
などと思うのであった。
脚注)一つの形態としては、
スピン演算子みたいに三つの性のうち二性だけの関係から残り一つが生まれてくるような三性生殖形態も考えられるが、
XYとXZの結婚で必ずYZが生まれるような遺伝子の機構にしなければならない。
[最終稿:1999年3月2日]
前ページ(サイエンス・エッセイ)に戻る
ホームに戻る