囚人のパラドックス

この話、私は若い頃マーティン・ガードナーの本で知ったが、ゲーム理論で有名な囚人のディレンマというのとは別の話だ。死刑囚の状況設定は私好みでなく、いくらでもマイルドな状況設定が可能だが、ここではオリジナルを尊重する。(もっとも本当のオリジナルは抜き打ち防災訓練予告の実話という話もある)

 ある死刑囚が当局高官にこう宣言された。
 「おまえの死刑は来週月曜から金曜のどれかの日に執行される。ただしどの日になるか予測ができない日に執行される」
 これを聞いた囚人は喜んだ。
 「しめた。これで死刑執行は不可能だ。まず最終日である金曜日に執行されることはあり得ない。なぜなら木曜になれば金曜と予測できてしまうので、高官の言葉は成就されない。したがって金曜は除外される。すると同様な理由で、水曜になれば木曜しか残っていないから、木曜も除外される。以下同様の理由で、全ての日が除外されてしまう」

これだけなら「バカな高官がいたものだ。ものごとはよく考えてから言うものだ」で話が終わってしまう。防災訓練予告の話なら、会社の事務部か庶務係のアナウンスをバカにする社員達の顔が思い浮かぶようである。しかしこの話にはオチがある。

 水曜の朝、高官が来て言った。
 「死刑執行は今日だ」
 予想だにしていなかった宣言を聞いた囚人は愕然とした。

囚人の推論のどこに誤りがあるのだろう? 実はこのパラドックスは論理学の専門家の間でも一筋縄では行かないらしく、解決法は意見の統一を見ていないようである。ガードナーの本にも「金曜が除外されるところまでは論理学者のコンセンサスが得られているようだが、木曜以前の分はいろいろな意見がある」とある。

以上は知られた話であるが、では次のように少し話を変えてみたらどうだろう?

 木曜の夜高官が来たので囚人は言った。
 「もう木曜です。死刑はチャラですね。あなたの言葉はもう成就できないのだから」
 高官は微笑みを浮かべ、囚人も微笑みで応えた。次の朝高官が来て言った。
 「死刑執行は今日だ」
 囚人は叫んだ。
 「バカな! そんな無茶な話があるか! あなたは嘘つきかっ!?」
 高官は答えた。
 「でも、ないと予想していたではないか」

別に木曜に高官と会話を交わさなくてもよいが、話として書きやすいのでそうした。この話は「予想できる」ということをクリアにしなければならないだろう。「100%ないと予想される日に行う」「100%あると予想される日には行わない」「いくぶんでも予想される日には行わない」など。

[最終稿:2006年11月1日]


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