平成11年度年次報告(総研大先導研井元・小芦研


1. はじめに

 本グループは光の量子力学的性質を利用した新しい情報処理・通信の研究を行うことを目的とし、平成11年度に発足した。近年量子力学と情報処理を結びつけた「量子情報処理」の研究が盛んになって来ている。これは重ね合わせの原理やentanglement(量子力学的相関)による並列処理を利用した量子コンピューティングや、不確定性原理に基づき「痕跡を残さず測定することはできない」ことを利用した量子暗号などの研究である。量子コンピューティングの実験は世界的にもまだプリミティブな状況にあるため、これについては当面は理論研究を行うこととし、それより方向性の確かな量子暗号を中心とする量子情報処理一般の研究に軸足を置き、理論および実験の研究を行っている。また、その基礎となる量子光学そのものの研究を行うこととし、相関光子対の研究や、特に近年進展している原子トラッピングおよびその新しい量子状態であるボーズ・アインシュタイン凝縮の研究も行っている。
 本年度の研究は、井元、小芦の他、Vladimir Buzek(客員教授、スロバキアサイエンスアカデミー)、山本俊(学生)により進められた。また、下記の研究の一部は、科学技術振興事業団・戦略的基礎研究推進事業(CREST)「電子・光子等の機能制御」「相関エレクトロニクス研究」(代表:平山祥郎)の支援を受けて行われた。

2. 量子情報処理

 平成11年度は主に理論研究を行った。量子暗号においては現在 (1)量子暗号の統一的理論の構築および一般設計指針の理論化、(2)現実条件下での安全性の証明と条件明確化、それに(3)鍵配送以外の情報処理への応用提案の三つが大きな課題である。このうち、今年度は(1)および(3)に力を入れた。 (1)に関してはいわゆるNo-cloning theorem (未知の量子状態のクローンを作ることができないという定理) を、どの程度未知の場合にも成り立つか、考えられるあらゆる状況に応じて一般化することが必要である。これに関し以前理論化した「Entangleした量子系に対するno-cloning theorem」1)を平成11年度にさらに考察を進め、その一般的理論構築のメドをつけることができた[4]。 (3)の「鍵配送以外の情報処理への応用提案」に関しては「ビット値を伏せて発送する方法」[3,5,11]、「同一鍵の繰り返し使用を許す通信」2) [17]、それに「持ち寄り鍵による暗号」3) [18]を量子力学原理を用いて行う方法の基礎的検討を行った。

3. 量子光学

 ボーズ・アインシュタイン凝縮体(BEC)を平均場近似で取り扱うと、系全体は秩序変数であらわされる波動としてふるまい、粒子間の相関は見られない。今回、スピン自由度のあるBECを平均場近似を超えて厳密に取り扱うことで、スピン1の系では2粒子のスピン間の量子的な相関が、またスピン2では2、3粒子間の量子相関が現れることなど、その多体的な構造を明らかにした[1,9]。また原子のトラッピングに関する運動論の研究を行った[10,15,16]。

4. 啓蒙・講演活動・交流

 昨今とみにその重要性が強調されている「社会に対する研究の意義説明」が必要であることは「量子情報処理」分野でも例外ではなく、当グループでも積極的にその取り組みを行っている[6-8,12-14,19]。また、9月にArtur Ekert教授(オックスフォード大)、12月に川畑史郎氏(電総研)、2月に客員のBuzek教授を講師に招いてオープンセミナーを開催した。

5. 学会活動・委員会活動

 平成11年度は、平成10年度より任にあたっている応用物理学会「Optical Review」編集委員、平成10年11月からの電子情報通信学会量子情報技術研究時限専門委員会委員を引き続き務め、新たに平成12年2月より郵政省「量子力学的効果の情報通信技術への適用とその将来展望に関する研究会」の構成員を務めている(井元)。

6. 参考文献

1) M. Koashi and N. Imoto: Phys. Rev. Lett. 81, 4264-4267(1998).
2) K. Shimizu and N. Imoto: Phys. Rev. A60, 157-166(1999).
3) A. Karlsson, M. Koashi, and N. Imoto: Phys. Rev. A59, 162-168(1999).

7. 発表リスト

 欧文文献

[1] M. Koashi and M. Ueda: "Exact eigenstates and magnetic response of spin-1 and spin-2 Bose-Einstein condensates," Phys. Rev. Lett. 84, 1066-1069 (2000).
[2] N. Imoto, M. Koashi, and K. Shimizu: モQuantum cryptography and magic protocols," in Proceedings of the 6th International Symposium on Foundations of Quantum Mechanics in the Light of New Technology [ISQM-Tokyo '98], Elsevier (1999).

 国際会議発表

[3] N. Imoto: メQuantum Protocols -- Concept, Feasibility, and Applications," (Invited) Symposium on the Impact of 20th Century Scientific Revolutions on the Contemporary Science/Technology, Tokyo, Feb. 25 (2000).
[4] M. Koashi: "Operation that preserves the marginal states of a subsystem," (Invited) The NEC Workshop on Quantum Cryptography, Princeton, Dec. 13-15 (1999).
[5] N. Imoto: メDesigning Quantum Magic Protocols," The NEC Workshop on Quantum Cryptography, Princeton, Dec. 13-15 (1999).
[6] N. Imoto: メQuantum cryptography,'' (Invited) The Pacific Rim Conference on Lasers and Electro-Optics (CLEO Pacific Rim '99), Seoul, Korea, Aug.1-Sept.3 (1999).

 和文文献

[7] 井元信之:「量子暗号・量子プロトコル」, Computer Today, 第16巻第6号(11月号), 17-22 (1999).
[8] 井元信之:「量子コンピューターと量子暗号」, 日本物理学会編「アインシュタインとボーア」裳華房, pp.268-290 (1999).

 国内会議発表

[9] 小芦雅斗, 上田正仁:「スピン1および2のボーズ・アインシュタイン凝縮体の固有状態と磁場応答」, 日本物理学会2000年春の分科会24aC-9.
[10] 山下 眞, 向井哲哉, 光永正治, 小芦雅斗, 井元信之:「トラップされたフェルミガスにおける蒸発冷却の運動論」日本物理学会2000年春の分科会24pC-3.
[11] 井元信之, 小芦雅斗, 山本俊:「コイン投げ的量子プロトコル」日本物理学会2000年春の分科会23pC-6.
[12] 井元信之: 「量子暗号について」高エネルギー加速器研究機構シンポジウム「量子力学の新局面」2000年2月18日.
[13] 井元信之:「アインシュタインの疑義と量子情報処理」シンポジウム「まるごと量子サイエンス」三重大学地域共同研究センター1999年11月20日.
[14] 井元信之:「誰も盗聴することができない量子暗号」NTT基礎研究所ミニシンポジウム「量子情報処理」1999年11月1日.
[15] 山下 眞, 向井哲哉, 小芦雅斗, 光永正治, 井元信之「水素原子系における蒸発冷却の量子力学的運動論」日本物理学会1999年秋の分科会26aA-3.
[16] 山下 眞, 向井哲哉, 小芦雅斗, 光永正治, 井元信之「熱平衡化にともなうボーズ・アインシュタイン凝縮相の成長」日本物理学会1999年秋の分科会26aA-2.
[17] 清水薫, 井元信之:「四経路一光子干渉Bell状態量子暗号」日本物理学会1999年秋の分科会25pA-8.
[18] 井元信之, A. カールソン, 小芦雅斗「情報開示順序と量子プロトコルの安全性」日本物理学会1999年秋の分科会25pA-7.
[19] 井元信之:「アインシュタインの疑義」総合研究大学院大学学術講演会シリーズ第2回「生命・光」1999年5月5日.

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